静岡地方裁判所 昭和27年(行)12号 判決
原告 伏見喜重
被告 静岡県公安委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告が昭和二十七年十二月一日附を以て為した原告の自動三輪車の運転免許を昭和二十七年十二月五日から同月二十四日まで二十日間停止する旨の行政処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は被告公安委員会から主たる運転地を被告公安委員会の管轄する静岡県西庵原地区警察署管内とする自動三輪車の運転免許を受け、第二八、九〇一号運転免許証を所持するものであるが、被告委員会は昭和二十七年十二月一日附を以て、原告の右運転免許を同月五日から同月二十四日まで停止する旨の行政処分をなし、該処分の通達書(静岡県公安第一四一号)は同月五日原告に交付されたが、右処分は次に述べるような違法事由があるので取消されるべきである。即ち被告委員会の行政処分通達書の記載によれば、運転免許停止の理由は、「避譲の不適当と被害者の車輛の直前横断による」とせられ、本件行政処分は原告に道路交通取締令第四十九条第三項(同通達書に第四十九条第二項とあるは誤記と解する)第一号の故意又は過失により自動車又は原動機付自転車によつて人を殺傷し又は物を損壊したときなる事由に該当する行為があつたことを理由とするものと認められるのであるが、これは原告が昭和二十七年九月十一日午前九時三十分頃自動三輪車静二三五号を運転して静岡県庵原郡袖師町横砂地先国道を時速三十粁で東進中、進路の直前を横断歩行中の海野八太郎を避譲しようとしてハンドルを右に操作し急停車の処置をとつたが及ばず、同人に車体の後部を接触転倒せしめある程度の傷害を負わせた事実があるので被告は右事実を以て原告の運転免許停止の理由となしたものと解せられる。併しながらその際原告は被害者が道路の左側に佇立しているのを認め、警笛を吹鳴し乍らその右側を通過しようとして進行し、被害者の直前約六米に至つた時、被害者が道路交通取締令第十一条第十条第二項に反して原告の進路を横断しようとして、原告の運転する車輛の進行して来るのに介意しないで急に歩行を始めたので、原告は直ちに警笛を吹鳴し、右に避譲し、且つ急停車の処置をとつたが、間に合わず車体の後端を同人に接触せしめるに至つたもので、原告として到底この事故を避けることは不可能であつたのであるから決して原告に「避譲の不適当」なる事由はなく従つて右の事故は決して原告の故意又は過失によるものではない。よつて右の事故を理由として、原告の運転免許停止処分をなすことは許されないものであると述べ、被告の主張に対し、原告が本件事故を申告しなかつたことは認めるが、前記通達書には理由として示されていないから、その事実を理由とする運転免許停止の行政処分は存在しない。仮りに理由とせられているとしても、原告は本件事故による傷害は不完全脱臼と軽微な擦過傷であるため、当時被告主張のような傷害を与えたとは気付かないうえ運転上の過失はないと信じていたので、被害者の気持を尊重して届出をしなかつたものであり、事故発生後間もなく本件事故は警察官の知るところとなり、不申告による何等の実害も生じなかつたのであるから、このことだけで運転免許を停止することは、裁量の範囲をこえたもので違法である。なお、事故現場の道路の状況が被告主張の通りであることは認める。と述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め答弁として被告が原告主張のような運転免許を原告に与えたこと、その主張のような運転免許の停止処分をなしその主張のように通知したこと、原告が自動車の操縦をあやまり訴外海野八太郎に傷害を与えたことが右停止処分の主たる理由であることは認める。自動車の運転者は、道路交通取締法第八条により、道路交通の状況に応じて、公衆に危害を及ぼさないような方法で操縦しなければならない義務を有するが、本件事故現場は庵原郡袖師町旧海水浴場入口附近の国道で、幅員十米舗装平坦直線道路で、バスの停留場附近であるため数名の待合せ客があり、当日は降雨のため路面は滑り易い状況にあつたので、特に注意して運転をなすべきであつたのに、原告はくろがね号自動三輪車を時速三十粁で運転進行し少くとも十二米前方を注視しなければならないのにこれを怠り、折柄原告の運転する自動三輪車に気付かないで道路を横断中の前記海野を直前六米に至るまで発見できなかつたため、同人を避けることができず、車体の後部を接触させて、同人を転倒させ、よつて全治まで三週間を要する右股関節脱臼右大腿部擦過傷を同人に負わせたもので、右海野にも不注意があつたとしても、右事故は全く原告のより大きい前方注視義務の懈怠によるものと言うべきである。尚一面原告は右事故を当該警察官に申告することを怠つているので、道路交通取締令第五十三条第四項に違反する。被告委員会は、昭和二十七年十二月一日の会議において、本件事故は原告の前示過失に基因するのであるが、被害者海野の受傷の程度が全治まで二十日以上を要する傷害であること、被害者との間に示談が成立したこと、被害者の過失と競合すること、事故の届出を怠つたこと等諸般の事情を勘案し、原告を二十日間の運転免許停止処分に付したものである。と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告が被告公安委員会よりその主張のような自動車の運転免許を受けていること、原告主張の日時場所において原告がその操縦する自動三輪車を訴外海野八太郎に接触して同人を転倒負傷せしめたこと、右事故が原告の自動車操縦上の過失により発生したものであるとして被告公安委員会が原告の運転免許を停止する旨の原告主張の如き行政処分をなしたことは右当事者間に争ない。
然るところ、原告は右事故は決して原告の故意又は過失によるものではないと主張し被告は之を争うので、果して本件事故が原告の故意又は過失により発生したものであるかどうかについて考察するに、右事故現場が袖師町海水浴場入口附近の幅員約十米アスフアルト舗装平坦直線の国道で、その附近にバスの停留場があつて数名の待合せ客がおり、又当日は降雨のため路面が濡れていたことは当事者間争なく、而して成立に争いのない乙第二、第三、第六、第七号証及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、当日午前九時三十分頃原告は前記自動三輪車を運転して東方興津町方面に向け、該国道の左側を時速三十粁にて進行し、前記場所附近に差しかかつた際、たまたま前方約十米の道路左側端近の地点に於て被害者海野八太郎が電車に乗車せんとして該道路を左側より右側に横断せんとしているをみとめ、警笛を鳴らし、尚同一速度で進行したところ、同人が之に気付かず依然歩行をつづけたので、原告は同人に接近するに及び、あわててハンドルを右に操縦し、制動機を踏んだが及ばず、荷台後部を同人に衝突させ、右股関節脱臼兼右大腿部擦過傷の傷害を与えたことが認められる。右各証拠及び甲第四号証の三の内これに反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足るものはない。凡そ自動三輪車の運転手たるものが自動車を運転して市街地ことにバス停留場附近の乗降客の往来する街路を進行する場合には、常に進路の前方に注意し若し自動車の進行して来るのに気付かずその進路を横断せんとする人があることをみとめた場合においては、単に警笛を鳴らして之に警告を与えるに止まらず、常に歩行者の姿勢態度を注視し之に応じて何時にても自動車を停止しうるようその速力を減ずる等衝突を未然に防止すべき万全の注意をなすべき義務あることは言を俟たない。
然るに原告は前記の如く警笛を鳴らせば被害者海野において当然その歩行を停止し自動車を避譲するものと軽信し同一速力を以て進行を続けたため、ついに本件事故をおこすに至つたものであるから原告には前記の注意義務を怠つた過失があるものと言わなければならない。
原告は被害者が道路交通取締令第十一条第十条二項に違反して原告の進路を横断しようとしたために本件事故が発生したのであつて原告としては到底この事故を避けることができなかつたものであると主張し、一面前記認定の事実に徴すると被害者海野が原告の操縦する自動三輪車に気付かずその進路を横断せんとしたことが、本件事故発生の一原因をなしていることが明かであるけれども、右被害者に過失があつたからとて之をもつて直ちに原告の無過失を推定し得ないことは勿論であつてその他原告の立証によつては未だ右認定を覆して本件事故の発生が原告として避くることを得ないものであつたこと、即ち不可抗力によるものであることを認め難いから原告の右主張は理由がない。
以上の如く本件自動車事故が原告の前記運転上の過失に基因するものと認められる以上、被告公安委員会がこれを道路交通取締令第四十九条第三項(改正前の同条第二項)第一号に該当するものとして前記の運転免許停止処分をなしたのは相当であつて、本件にあらわれた全証拠を斟酌するも未だ右処分が甚しく被告の裁量権の範囲を逸脱して過酷なものであるとは認め難い。
果してそうならば右処分の違法であることを理由とする原告の本件請求は到底維持し難いこと明かであるからその他の争点に対する判断を省略し、失当として之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 土肥原光圀)